Mr.Children歌詞の意味を読み解く

ファン歴30年。歌詞の奥に隠れているものを勝手に想像して解説するブログです

Mr.Children『LOVE はじめました』歌詞解釈 - ミスチル史上最も容赦ない怒り

「LOVE はじめました」というタイトルを見た時、僕は思いました。

「きっとモー娘。みたいなキュートでポップな恋愛ソングかな?」

ところが、聞こえてきたのは全く違う世界だった。

完全に騙された。

でもこの「衝撃的な裏切り」こそが、桜井さんの狙いだったのかもしれません。

実際、桜井さんは街で「冷やし中華始めました」の張り紙を見て、このタイトルを思いついたそうです。

街でよく見かける文句に、今の恋愛の現実を重ねたのです。

 

元カノとの微妙な再会

「相変わらずだね」って 昔付き合ってた女にそう言われた
良く取っていいのか悪い意味なのか? 良く分からずしばらくヘラヘラ笑ってた

街で偶然会った元恋人に「相変わらずだね」って言われた瞬間の、あの何とも言えない気持ち。

褒められてるのか、呆れられてるのか分からない。だからとりあえず笑ってごまかす。

この歌は、そんな「モヤモヤした感情」から始まります。

ネオン街が映し出す現実

不意に視線を上げれば 極彩色 ネオン街の光だ
おやじに買われて ホテルで刺される 少女を描いた 映画を思い出した

元カノとの微妙な会話から視線を上げると、そこには眩しいネオンサイン。

「おやじに買われて刺される少女の映画」と聞いて、僕は『リリィ・シュシュのすべて』を思い浮かべました(実際の内容は違いますが)。

これは特定の映画というより社会の闇や暴力性を象徴するメタファー。

ネオン街の華やかさと対照的な、暗いイメージが映画のワンシーンのように頭に浮かんだのではないでしょうか。

ケバブを食べながら考える「命」

路肩に止まった車で売ってる 何たらケバブーをほおばる
屍 回してあぶって 切り裂き 小さくなった そのお肉をほおばる

動物の命をいただいて生きているという当たり前の事実を、あえて生々しく歌う。

これって、僕たちが普段目を逸らしている現実。

きれいにパックされた肉を買って、何の肉かも意識せずに食べる。

命をいただいているという実感を、意識的に遠ざけている。

桜井さんは、そんな「見ないふり」をやめて、現実をそのまま歌詞にした。

時には残酷なまでに現実を見つめる姿勢がここにあります。

「LOVE はじめました」の皮肉

LOVE はじめました そいつで大きくなりました
LOVE はじめました あぁ お口に合いましたか?

この「LOVE はじめました」のフレーズが、まるでお店の宣伝文句みたいに繰り返される。

新商品のキャッチコピーみたいに。

これって、現代の恋愛や人間関係への皮肉だと思う。

ミスチル史上最も容赦ない怒り

殺人現場にやじうま達が暇潰しで群がる
中高生達が携帯片手にカメラに向かってピースサインを送る
犯人はともかく まずはお前らが死刑になりゃいいんだ

日本中が震撼した秋葉原通り魔事件を思い出します。

倒れた人たちの周りで、まるで観光地のようにカメラを向ける人々の姿。

桜井さんは「犯人より先にお前らが死刑になりゃいいんだ」って、ミスチル史上最も容赦ない怒りを爆発させています。

でも続くのは

でも このあとニュースで中田のインタビューがあるから それ見てから考えるとしようか

要するに「好きなサッカー選手のインタビューの方が大事」ってことです。

これって、僕たち自身の矛盾を歌っている。

正義感を持って怒ったり、社会を批判したりするけど、結局は自分の好きなものが一番。

そんな現代人の等身大の姿を、桜井さんは隠さずに歌っています。

たとえば、テレビで悲惨なニュースを見て「なんて酷い世の中なんだ」って憤りを感じた直後に、ミスチルの新曲発表のニュースを知ったら?

きっと瞬間的に気持ちが切り替わって、そっちの方にワクワクしてしまうでしょう。

社会問題への怒りなんて、自分の好きなもので簡単に上書きされてしまう。

この矛盾を「偽善だ」と糾弾するんじゃなくて、「人間ってそういうものだよね」って受け入れてしまう桜井さんの視点が、この楽曲の核心なんです。

言葉遊びの奥に隠された絶望

坊主が屏風に上手に坊主の絵を書くと言うだろう
なら僕は愛してる人に 愛してるという ひねりのない歌を歌おう

ここで桜井さんが持ち出すのは、誰もが知ってる早口言葉「坊主が屏風に上手に坊主の絵を描く」です。

でもよく考えてみると、この早口言葉って何の意味もないんですよね。

ただ「言いにくい音の組み合わせ」を楽しんでるだけで、内容はどうでもいい。

桜井さんは、現代の音楽業界がまさに同じ状態になってることを皮肉ってるんじゃないでしょうか。

技術はすごいけど、心に響かない音楽 ばっかり。

小手先の技術ばかりで、心がない

「なら僕は」という対比で始まる次の行が重要で、そんな空虚な技巧に対する反発として「ひねりのない歌」を歌うと宣言している。

意味なんかないさ 深くもないし 韻だって踏んでない
ただ 偽りなく 飾りもない まぎれもない 想いだけがそこにはあるんだ

でもこの部分、読めば読むほど悲しくなってきませんか?

「意味なんかない」「深くもない」「韻だって踏んでない」──これって、ミスチルが今まで得意としてきた要素を全部否定してるんです。

桜井さん自身が言葉選びの天才で、メタファーを駆使して深いメッセージを込める人なのに。

これって、自分自身への皮肉なんじゃないでしょうか。

俺だって今まで小洒落た歌詞を書いてきた。

深い意味を込めて、技巧を凝らして、韻を踏んで。

でもそれで本当に想いは届いたのか?結局、技巧に頼った時点で「坊主の絵」と同じになってしまったんじゃないか?

終わらない商業サイクルの残酷さ

LOVE はじめました 毎度毎度のことですが
LOVE はじめました 去年よりおいしくできました

最後のサビで加わる「毎度毎度のことですが」「去年よりおいしくできました」。

これを前向きな成長として読むこともできますが、より深く読むと 商業サイクルからの逃れられなさ が見えてきます。

ラーメン屋だって、毎年「去年より美味しくなりました!」って言わないと客が来ない。

でも実際は、味なんてそんなに変わらない。

ただ 「新しくなった」と言い続けないと生き残れない システムに組み込まれている。

恋愛も同じで、「今度こそは」「前より成長した」と言い続けないと、自分を保てない。

でも本当に成長してるのか?それとも、成長したフリをして同じ失敗を繰り返してるだけなのか?

「毎度毎度のことですが」という表現に込められた諦めと疲労感。

愛することの美しさと、それを商品のように扱わざるを得ない現実への複雑な感情 が混在しています。

まとめ・感想

正直この曲の歌詞少し怖いです。でも大好きなんですよね。

なんか、本質を歌ってるような気がして。

LIVEでこの曲を歌う桜井さんの生の表情と声を聴いたらもっと怖くなりますが、この曲はミスチル史においても重要な名曲だと思う。

 

I♡Uツアー オープニングバージョン

 

復活ライブON DEC21 横浜アリーナ LIVE初披露バージョン