この『空也上人』、タイトルだけ見ると難しそうです。
でも歌詞の中身は驚くほど"日常を生きる僕らへの人生哲学"なんですよね。
しかもタイトルの意味を知ると、一気に深くなります。
空也上人は平安時代の僧で、念仏を唱えながら人々を救い、像では口から6体の阿弥陀仏が現れる姿で有名です。
つまり「言葉が形になる人」の象徴。

この曲は、その空也上人を借りて、思い通りにいかない人生をどう生きるかを歌っているように感じました。
(桜井さんは手塚治虫の『ブッダ』の愛読者としても知られており、空也上人のフィギアを持っているそうです)
冒頭の映画=人生は"嘘込みで楽しむもの"
「そんなうまい話ある訳ねえだろ」 でも「それが映画の良いとこか」
最初から"嘘"だと分かっていて楽しんでいる。
現実の不完全さも、面白がれるかどうか。
この曲は冒頭から達観しています。
友達の怪我=努力だけでは届かない現実
J下部でキレキレのストライカー でも膝を怪我して一線から遠ざかった
中学の頃から無双してたストライカー。なのに、たった一度の怪我で人生が変わる。
ここで桜井さんは残酷な真実を置きます。
人生は言わばギャンブルだろ 誰かが泣いて誰かが笑う
努力だけじゃ説明できない運。
不条理。偶然。タイミング。
でも、それを恨み節で終わらせず、次のサビで反転させるのがすごい。
サビの核心「予定外のハプニングが僕を大きくする」
思い通り 願い通り いって何が楽しい!? 予定外のハプニングが僕を大きくする
普通は、予定通り進むことを幸せだと思うじゃないですか。
でもこの曲は真逆です。
うまくいかなかったことこそ、人を育てる。
挫折、想定外の失敗、的外れな批判、不平等、報われなさ。
そういう"ノイズ"が人格を深くする。
なぜタイトルが「空也上人」なのか
まるで空也上人 言った言葉スガタカタチにして 少しずつ願いを叶えよう
空也上人像は、口から唱えた念仏が仏の姿になって現れています。
言葉が、目に見える形を持つ。
桜井さんの言葉を借りるなら「有言実行」。
夢も願いも、ただ思っているだけでは曖昧なままです。でも口に出した瞬間、それは少しだけ輪郭を持ち始める。
理不尽を受け入れた上で、それでも言葉にし続けること。
この曲のタイトルが「空也上人」である理由は、たぶんそこにあります。
「Good Morning」とジョン・レノン
今日も「Good Morning」言える日常に本気で感謝して 今日は幸福論でも読みながら ジョン・レノンでも聴こうか
ここで急にスケールが日常に戻るんです。
大きな夢や成功じゃない。
朝を迎えて、挨拶できる。音楽を聴ける。本を読める。
ジョン・レノンが出てくるのも象徴的で、理想社会や平和を歌った彼の姿勢と重なります。
感想・余談
タイトルに「空也上人」を持ってくる曲が、まさか応援歌だとは思わなかった。
でも聴き終えると、これ以外のタイトルはなかったとも思う。
理不尽を嘆かない。努力が報われなくても恨み節にしない。
ハプニングを栄養にして、願いを言葉にして、今日の「Good Morning」に感謝する。
若い頃には綺麗事に聞こえるかもしれない。
でも、いろいろうまくいかなかった経験をした後ほど、じわじわ刺さってくるタイプの歌だと思う。
『産声』の中でも、特に"人生の後半に沁みる曲"です。