梅雨真っただ中ですね。
雨の日は正直あまり好きじゃありません。
でも不思議なもので、雨の日に聴くミスチルは妙に沁みるんですよね。
ふと気になって267曲を追ってみたら、「雨」が出てくるのは17曲でした。
割合にすると6.4%。
たぶんミスチルの歌詞で一番多い自然現象は、雨なんじゃないかと思います。
ただ、面白かったのはここからでした。
出てくる雨が、全部同じ雨じゃないんです。
初期の雨は、感情を濡らす背景だった
初期の雨は、感情の背景でした。
『抱きしめたい』の「霧雨けむる静かな夜」は記憶を呼び戻す。
『All by myself』の「降りしきる雨に おびえてただ 逃げまどってた」では不安を増幅させる。
主人公はいつも、雨に振り回される側にいます。
『雨のち晴れ』も、タイトルほど前向きじゃありません。
特別不幸でもない、でも晴れてもいない。
豪雨じゃなくて、ずっと小雨。
人生って案外、大雨よりこっちの方が多い気がするんですよね。
『深海』には雨が降らない
今回いちばん驚いたのが『深海』です。
雨が一曲も出てこない。
集計しながら思わず見直しました。
でも納得もしたんです。
雨は空から降ってくるもの。見上げて初めて存在する。
でも『深海』の主人公は、もう海の底にいる。見上げる余裕すらない。
雨がないことで、逆に深さが伝わってくる。
これに気づいた時はちょっと鳥肌が立ちました。
やがて雨は「通り雨」になる
2000年代になると、雨は「通り雨」になります。
『通り雨』では濡れながらも「いつか光が射して」と続く。
若い頃は今の悩みが永遠に続く気がするけど、歳を重ねると「あー、この感じね」ってなる。
また雨か、でもそのうち止むだろう、と。
『エソラ』で、雨を避けるのをやめる
転換点は『エソラ』だと思います。
雨に濡れぬ場所を探すより
星空を信じ出かけよう
初期なら避けていた雨を、ここでは引き受ける。
さらに
雨に降られたら 乾いてた街が滲んで
きれいな光を放つ
と歌う。
雨が景色を美しくするものに変わるんです。
実はこの曲、昔広島の野外ライブで聴いたことがあります。
土砂降りでびしょ濡れで、正直かなり辛かった。
でも『エソラ』が始まる頃、不思議と雨が上がったんです。
だから僕にとって『エソラ』は、ただの歌詞じゃない。
雨との付き合い方を教えてくれた曲なんです。
雨の中で踊り、最後は傘を畳む
そして『雨の日のパレード』では、ずぶ濡れでも踊っている。
あの「おびえて逃げまどってた」人が、です。
最後に『Umbrella』では、「開いていた Umbrella 静かに畳んだら」と歌う。
傘を開くんじゃない。
畳む。
雨から身を守っていたものを、そっと閉じる。
おわりに
雨そのものは30年前も今も変わっていません。
同じように降って、人を濡らして、予定を狂わせる。
変わったのは、雨を見る人の方なんですよね。
……なんてことを考えていたら、少しだけ梅雨も悪くない気がしてきました。