
この曲、ミスチル史上もっとも難解な曲のひとつだと思っています。
難しいのは、深い意味が隠されているのか、そもそも意味なんてないのか、最後まで判断できないから。
特にこの一節。
このドアはひょっとして ひょっとしたらひょっとして 何の喩えでも象徴でもメッセージでも無くて 開いたって昨日と同じ 生活が待っていたりして
これ、歌詞解釈が好きなファンを、桜井さんが静かに嘲笑っているように聞こえるんですよね。
「意味を探すな、ただのドアだよ」と。
「このドアさえ開けば」という呪い
「このプロジェクトさえ終われば」
「環境さえ変えれば」
「あの人さえ振り向いてくれれば」
誰でも一度はそう思ったことがあるはずです。
でも主人公は、管理人に怪しまれながら、鍵をなくしながら、ボロボロになってようやく気づく。
開けたところで、昨日と同じ部屋が待ってるだけかもしれない、と。
怖いですよね、これ。
居留守を使っているのは誰か
居留守をつかってんのなんて 知っているよ 開けてくれ
ドアの向こうに誰がいるのか。
恋人か、神様か、理想の自分か。
僕がいちばんしっくりきたのは、「自分自身が自分に居留守を使っている」という解釈です。
本当は答えなんて自分の中にもないと、薄々知っている。
でも認めたくないから、ドアのせいにして叩き続ける。
開けてしまったら、何も変わっていない自分と向き合うことになる。
だから開けない。
その滑稽さを、あの執拗なリフレインがずっと鳴らし続けている気がします。
それでも叩き続ける理由
もう何百回もノックして ノックしてるよ
最初は「何十回」だったのが、最後に「何百回」になっています。
増えてるんですよね、回数が。開く気配もないのに。
例えるなら、返信が来ないとわかっていても、もう一回だけ送ってしまう、あの感じ。
みっともないのはわかってる。でも止められない。
滑稽だけど、切実。
この曲はその両方を手放さない。
さいごに
この曲、答えが出ないんですよ。
桜井さん本人が「ただのドアだよ」と言いながら書いた可能性もある。
でもそれ自体がすでに意味になっている。
僕が思うのは、Doorって「次の自分への入口」じゃなくて、「今の自分から出られない出口」なんじゃないかと。
開けたいんじゃなくて、出たいんだけど、出た先も同じ部屋かもしれない。
だから叩き続けるしかない。