
『GIFT』を聴いて、人によって全く違う感想を持ちます。
「オリンピックの応援歌だ」
「いや、人生そのものの歌だ」
「これはミスチルからファンへの感謝の歌だ」
実は、どれも正解だと思っていまして・・・
今回はそれについてお話しします。
オリンピック ― アスリートへの応援歌
一番きれいな色ってなんだろう?
一番ひかってるものってなんだろう?
僕は探していた 最高のGIFTを
君が喜んだ姿をイメージしながら
元々、この曲はオリンピックのために書かれました。
「君」はアスリート。
「GIFT」は、彼らが観客に贈る最高のパフォーマンス。
金メダル、銀メダル、銅メダル――どの色が「一番きれいな色」なのか?
でも桜井さんは問いかけます。そもそも順位が、価値を決めるのか?と。
長い間 君に渡したくて
強く握り締めていたから
もうグジャグジャになって 色は変わり果て
お世辞にもきれいとは言えないけど
何年も何年も練習を重ねて、オリンピックという舞台に立つ。
その過程で、身体は傷つき、夢は何度も挫折しかけ――理想とは程遠い、ボロボロの状態。
でも、その「グジャグジャ」こそが本物なんだと曲はいう。
完璧な演技じゃなくても、金メダルじゃなくても――そこまでの努力と想いこそが、最高の贈り物。
これが第1層。アスリートへの応援歌。
でも、ここで終わらないのが『GIFT』の凄さです。
第2層:人生 ― すべての人の物語
「白か黒で答えろ」という
難題を突きつけられ
ぶち当たった壁の前で
僕らはまた迷っている白と黒のその間に
無限の色が広がってる
ここです、この色は金、銀、銅というメダルだけでなく、自分たちの人生のも重なります。
人生は、勝ち負けじゃない。
成功と失敗の間に、無数のグラデーションがある。
就職できなかった、結婚できなかった、夢が叶わなかった――それは「負け」なのか?
いや、違う。
その過程で得たもの、出会った人、感じた想い――それらすべてが、あなただけの色。
君に似合う色探して やさしい名前をつけたなら
ほら 一番きれいな色
「一番きれいな色」は、金メダルの色じゃない。
あなたの人生そのものの色。
そして、ここからさらに深い層へ。
第3層:ファン ― 贈り手と受け手の逆転
今 君に贈るよ 気に入るかなぁ? 受け取ってよ
君とだから探せたよ 僕の方こそありがとう
ここで、決定的な逆転が起きます。
贈っているはずが、受け取っていた。
この「君」は、もう誰なのか?
表面的には、アスリートであり、人生を歩む誰かです。
でも、もう一つの解釈があります。
「君」=ファン。
「僕」=Mr.Children。
Mr.Childrenは、ファンに音楽という「GIFT」を贈り続けてきました。
でも、実は――
ファンの存在があったからこそ、Mr.Childrenは走り続けられた。
そして――
僕は抱きしめる 君がくれたGIFTを
いつまでも胸の奥で ほら ひかってるんだよ
最終的に、贈り手と受け手が完全に入れ替わります。
Mr.Childrenがファンに贈っていたはずの曲が、実はファンからMr.Childrenへの贈り物だった。
その存在こそが、Mr.Childrenにとっての「GIFT」だった。
これが第3層。ミスチルとファンの、感謝の往復。
3つの層が同時に重なり合う
ここまで読んで、気づいたかもしれません。
この3つの層は、別々に存在しているわけじゃない。
同時に、重なり合って存在しています。
降り注ぐ日差しがあって
だからこそ日陰もあって
そのすべてが意味を持って
互いを讃えているのなら
オリンピックという「特別」があるから、日常という「普通」が輝く。
ミスチルという「贈り手」がいるから、ファンという「受け手」が存在する。
でも、その関係は固定されていない。
いつの間にか、入れ替わっている。
それが、『GIFT』の本質です。
白と黒のその間に
無限の色が広がってる
この歌詞は、曲の解釈そのものについても語っているのかもしれませんね。