Mr.Children歌詞解釈記

ファン歴30年。ただの一ファンが、ミスチルの歌詞を「人生哲学」として勝手に語る場所です

泣ける…「顔のわりに小さな胸」の意味は、究極の愛情表現だった

 

1994年、アルバム『Atomic Heart』収録。 失恋ソングの金字塔『Over』。

切ないメロディに乗せて歌われる、別れた恋人への未練。

「風邪が伝染るといけないから キスはしないでおこう」 なんてキツイ拒絶なんだ……と涙していると、突如としてその歌詞は現れます。

顔のわりに小さな胸

……えっ? 今、なんて? ディスってる? それとも褒めてる?

いや、そもそも「顔」と「胸のサイズ」に何の関係があるの!?

この一行が、30年間ファンの脳をバグらせ続けてきました。

Yahoo!知恵袋の常連トピックであり、飲み会でのミスチル議論では必ず白熱するこのテーマ。

まずは、ファンが生み出した解釈たちを見てみましょう。

迷走するファンたちの「3大仮説」

桜井さんが長年沈黙を守っていたため、ファンは悩みに悩みました。

  1. 【顔面積比較説】 顔がデカいのに、胸が小さいという比率の問題?
  2. 【期待値ギャップ説】 叶姉妹のようなゴージャスな顔立ちなのに、意外と慎ましいというギャップ萌え?
  3. 【透視能力説】 桜井和寿には、服の上からサイズを測る特殊能力がある。

……どれも決定打に欠けます。

しかし2016年。

ついに「神(桜井さん)」からの啓示が下されました。

2016年、明かされた「半分の真実」

ホールツアー「虹」のMC(後に『ヒカリノアトリエ』隠しトラックに収録)で、桜井さんは観客に「怒らないでくださいね」と前置きして、こう語りました。

一般的には、大きい方がポイント高いって言われがちです。 でも、僕はその『小さな胸』がすごく好きでした。 なぜかというと、世界に一つだけの君の胸だから。

……泣いた。

これは悪口じゃなかった。

「世間の基準(大きい=良い)」なんてクソくらえ。

僕は、君という個体が持つ、そのパーツだからこそ愛していたんだ。

究極の「オンリーワン愛」の告白だったんです。

「顔のわりに小さな胸」は、ディスりではなく、「君のすべてを愛していた」というノロケだった。

一件落着……。

 

いや、待て。

まだ「半分」しか解けていない!

桜井先生、ちょっと待ってください。

「小さな胸が好きだった理由」は分かりました。感動しました。

でも…… 肝心の「顔のわりに」についての説明が抜けてます!!

なぜ「顔」を引き合いに出したのか?

「顔」と「胸」の相関関係とは何なのか?

この「前半部分の謎」については、なんとスルーされたままなのです。

結局、「顔が派手だったのか」「顔が大きかったのか」。

その謎は、依然として迷宮入り(コールドケース)のままです。

「表現力の限界」が生んだ奇跡

同じMCで、桜井さんは衝撃的な告白もしています。

「今だったらもうちょっと的確な歌詞を書けたかもしれません。不徳の致すところです」

なんと! あの天才・桜井和寿が、「あれは僕の表現力不足でした」と認めたのです。

意図的なトリックじゃなかった。

単に、若き日の桜井さんが「なんかこう……言いたかったニュアンス」を言語化しきれず、勢いで書いてしまったバグだった!

でも、想像してみてください。

もし今の熟練した桜井さんが、この歌詞を「的確に」書き直したら?

  • 「派手な~見た目のわりに~家庭的な君や」

つ,……つまらない!

そんな説明的な歌詞だったら、ここまで記憶に残りません。

「顔のわりに小さな胸」という、意味不明だけど妙に生々しい「違和感」があったからこそ、僕らは30年もこの曲に囚われているんです。

さいごに:不完全だからこそ、愛おしい

『Over』のサビはこう結ばれます。

愛してたのに

顔のわりに小さかろうが、何だろうが。

理屈じゃ説明できないあやふやな部分も含めて、全部愛していた。

「顔のわりに」の謎は、きっとあと30年経っても解けません。

でも、それでいいんです。

「不徳の致すところ」から生まれたこのミステリーこそが、この名曲を永遠に色あせさせない魔法なのですから。

さあ、今日も謎を抱えたまま歌いましょう。 「顔のわりにぃぃ〜〜〜小さなっ胸っ!!」

 


参考:Mr.Children「ヒカリノアトリエ」隠しトラック「Over(弾き+語り2 Version)」(2017年リリース)


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