
ミスチルの応援歌といえば、やっぱり『終わりなき旅』ですよね。
でも、この曲には不思議なところがあります。
いわゆる応援ソングみたいに、「頑張れ」とか「負けるな」とか「諦めるな」とか、そういう言葉が一度も出てこないんです。
それなのに、なぜこんなにも背中を押されるのか。
今日はその理由を、歌詞を追いながら考えてみます。
この曲は、「迷いを消せ」と言わない
まず、この曲のすごさってここだと思っています。
胸に抱え込んだ迷いが
プラスの力に変わるように
いつも今日だって僕らは動いてる
ここで歌われているのは、「迷いを捨てろ」ではありません。
「不安をなくせ」でもない。
迷いを抱えたまま、僕らは動いている。
ただ、それだけなんですよね。
でも、この“ただそれだけ”が大きい。
応援歌って、時々しんどく聞こえることがあります。
もちろん「頑張れ」に救われることもあるけれど、弱っている時にはどうしても、「今のお前じゃ足りない。もっとやれ」と聞こえてしまう瞬間がある。
でも『終わりなき旅』は違う。
迷っている人に「迷うな」とは言わないし、弱っている人に「もっと強くなれ」とも言わない。
迷っていてもいい。
その迷いごと、抱えたまま進めばいい。
だから、押しつけがましくないんですよね。
最初から、“勝者の歌”じゃない
そもそも『終わりなき旅』って、最初から余裕のある人の歌には聞こえません。
息を切らしてさ 駆け抜けた道を 振り返りはしないのさ
ただ未来だけを見据えながら 放つ願い
一見すると前向きな歌い出しです。
でも、この「振り返りはしないのさ」って、少し自分に言い聞かせている感じがあるんですよね。
振り返ったら不安になる。
立ち止まったら心が折れそうになる。
だから必死に前を向こうとしている。そんな声に聞こえる。
しかも続くのが、
カンナみたいにね 命を削ってさ 情熱を灯しては
また光と影を連れて 進むんだ
です。
この曲が描いている前進って、軽やかな成長じゃないんです。
ちゃんと痛みがあるし、消耗もある。
しかも連れていくのは「光」だけじゃなく、「影」も一緒。
つまりこの曲は最初から、前へ進むことは綺麗なことばかりじゃないと知っている。
そこが、ただの元気ソングとは違うところだと思います。
真ん中にあるのが「愛されたい」なのが、この曲のすごさ
『終わりなき旅』がただの熱い応援歌で終わらない理由は、曲のど真ん中にこんな言葉があるからです。
大きな声で 声をからして 愛されたいと歌っているんだよ
「ガキじゃあるまいし」自分に言い聞かすけど また答え探してしまう
ここ、本当にすごいです。
普通、応援歌の中心に来る言葉って、「夢」とか「希望」とか、もう少し立派なものになりがちじゃないですか。
でもこの曲は、そこで「愛されたい」と言ってしまう。
成功したいでもなく、勝ちたいでもなく、愛されたい。
めちゃくちゃ人間くさいんですよね。
しかも、そのあとに「ガキじゃあるまいし」と続くのが痛い。
大人になるほど、「愛されたい」なんて欲求は隠したくなるし、認めたくなくなる。
でも、この曲はそこをごまかさない。
『終わりなき旅』は、そのいちばんみっともない部分を、みっともないまま歌ってしまう。
だからこの曲は綺麗事にならないし、こっちも少しだけ正直になれるんだと思います。
「誰の真似もすんな」は、命令じゃなくて解放の言葉
この曲には有名なフレーズがいくつもありますが、その中でも印象的なのがここです。
誰の真似もすんな 君は君でいい
生きる為のレシピなんてない ないさ
言葉だけ見れば、すごくシンプルです。
自己啓発本にもありそうな、王道のメッセージかもしれません。
でも『終わりなき旅』の中に置かれると、ちゃんと重くなる。
なぜかというと、この曲はここに来るまでに、愛されたい自分も、逃げたくなる弱さも、限界を感じる不安も、全部通ってきているからです。
そういうぐちゃぐちゃの感情を抱えたあとで言う「君は君でいい」だから、ただの綺麗事にならない。
しかも、この言葉は「こうしろ」という命令ではないんですよね。
正解を渡す言葉でもない。
誰かの正解を真似して自分を潰すな。
生き方にマニュアルなんてないんだから、自分の足で探していけばいい。
そういう、解放の言葉に聞こえます。
この曲の最大の仕掛けは、サビが少しずつ書き換わっていくこと
そして、この曲が「頑張れ」と言わずに背中を押す最大の理由は、僕はサビにあると思っています。
まずは、1回目のサビ。
閉ざされたドアの向こうに
新しい何かが待っていて
きっと きっとって 僕を動かしてる
いいことばかりでは無いさ
でも次の扉をノックしたい
ここではまだ、「僕」の話なんです。
「きっと」という曖昧な予感に背中を押されながら、次の扉をノックしたいと願っている段階。
大事なのは、この曲を動かしているのが「確信」じゃないことです。
絶対うまくいくわけじゃない。
その向こうに何があるのかも分からない。
でも、「きっと何かがある」と思いたい。
その弱い光みたいな予感が、僕を動かしている。
人生ってたぶん、こういうものなんですよね。
「絶対大丈夫だから進む」んじゃなくて、「もしかしたら何か変わるかもしれない」くらいの曖昧な光で、人は次の扉を叩く。
でも、すごいのはここからです。
終盤になると、このサビがこう変わります。
閉ざされたドアの向こうに
新しい何かが待っていて
きっと きっとって 君を動かしてる
いいことばかりでは無いさ
さあ次の扉をノックしよう
ここで起きている変化は二つ。
ひとつは、「僕」が「君」に変わること。
もうひとつは、「ノックしたい」が「ノックしよう」に変わること。
これが本当にいい。
最初、この歌は「僕」を動かしていたんです。
自分一人が、きっと何かあると信じて、次の扉をノックしたいと願っていた。
でも最後には、その「きっと」が君を動かしてるに変わる。
しかも、「ノックしたい」という願望が、「ノックしよう」という呼びかけになる。
つまりこの曲、最後に急に誰かの隣へ行くんですよね。
「頑張れ」と上から言うんじゃない。
「お前も来いよ」と引っ張るんでもない。
さあ、行こう。
その言い方なんです。
だからこの曲は、「背中を押す」というより「隣で一緒に走り出してくれる」
『終わりなき旅』を聴いてると、背中を押されるというより、もう少し近い感覚があります。
隣で一緒に走り出してくれる感じ。
前から引っ張るでもなく、後ろから押すでもなく、
「俺も迷ってるし、不安もある。でもそれでも次の扉を叩きに行く。よかったら一緒に行こうぜ」と言ってくれる感じ。
それがこの曲の応援の仕方なんだと思います。
この曲は、迷いのない強い人の歌じゃない。
愛されたい自分も、逃げたくなる弱さも抱えたまま、それでも未来の扉をノックしようとする人の歌です。
だからこそ、聴いている側も自分を重ねられる。
「こんなに弱い自分じゃダメだ」と突き放されるんじゃなくて、「弱いままでも、まだ終わりだと決めるな」と言ってもらえる。
『終わりなき旅』は、「頑張れ」の歌じゃなくて、「迷いながらでも扉を叩け」の歌
僕の中で『終わりなき旅』は、いわゆる「頑張れソング」ではありません。
むしろ逆で、
迷いながらでも扉を叩け
と言ってくれる歌です。
不安が消えたら進もう、じゃない。
答えが見つかったら進もう、でもない。
愛されたいとか、認められたいとか、逃げたいとか、そういうぐちゃぐちゃしたものを抱えたままでいい。
そのままでも、人は次の扉をノックできる。
そして、その迷いはいつかプラスの力に変わるかもしれない。
だからこの曲は、上から「頑張れ」とは言わない。
ただ、自分も迷いながら、それでも「さあ、次の扉をノックしよう」と隣で言ってくれる。
僕にとってこの曲は、理想の自分を目指す歌であると同時に、情けない自分を見捨てない歌です。
うまくいかない日とか、何をやっても空回りしてる感じがする日にこの曲を聴くと、励まされるというより、先に理解されるんですよね。
「分かるよ。お前、まだ迷ってるし、まだ愛されたいし、まだ答えを探してるんだろ」と、少しだけ先に見抜かれる感じがある。
そのうえで、説教じゃなく、命令でもなく、
それでも行こうか
と隣で言ってくれる。
そこが『終わりなき旅』の、いちばん強いところだと思っています。
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